もう16年になるんですね。
16年前の今日、1993年7月20日、14時45分。
甲子園のお膝元に住みながら、
物心ついたときは、熱烈なカープファンでした。
中でも1番の高橋慶彦に完全に心を奪われ、
その存在感を常に目で追いかけました。
その慶彦がカープを追われ、
ロッテオリオンズ、そして我がタイガースへ移籍するまで、
ずっと追いかけました。
そう、タイガースファンになったのは1991年、まさに暗黒時代だったのです(泣)
当時の広島は1番に慶彦、2番に万能打者・山崎隆造。
3番に鉄人・衣笠、4番にミスター・山本浩二。
5番に長嶋清幸、6番小早川毅彦。
7番に木下富雄、8番達川光男。
控えも充実してました。
世界一の代走・今井譲二に、代打の切り札・西田真二。
あ、長内もいた。
浩二の控えには小川達男がいたし、森脇も山中もいた。
木下の後釜には正田も出てきたし、
ファームの本塁打王・斉藤浩行もいた。
投手は山根和夫に北別府学、大野豊に川口和久。
長富に金石も先発でバリバリだった。
セットアッパーには川端順もいたし、
小林誠二に清川栄治、個人的には高木宣宏も好きでした。
そして。
津田恒実。
バースがいた時代、真っ向勝負を挑める数少ない投手でした。
(いつもドキドキしながら見ていた記憶が・・・)
そんな津田投手が亡くなって16年。
時には罵声を浴びせたこともありました。
うっすらと記憶にある、読売戦。
最終回、満塁で登板してボール4つで試合を終わらせたことも。
でも、彼は逃げませんでした。
自分が信じる道を、ひたすらまい進したのです。
えー、何が言いたいかといいますと、
今日は甲子園でスワローズ戦、生観戦でした。
3-2で敗れましたが、
ファンは6番に座る男に注目し続けたのです。
新井貴浩。
凡打を重ねるたびに罵声の嵐。
厳しいタイガースファンの声に、気持ちが折れそうになるかもしれません。
でも。
いつか復活すると信じてますよ。
信じる道を、まい進してください。
FAでタイガースに来たとき、正直俺はショックでした。
今でもカープは好きな球団です。
新井はカープで終わるべきだ、と思っていたのです。
実は、ちょっとだけ今でも複雑です。
でも、自分で決めた道。
応援します。
この壁、越えてください。
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